月別アーカイブ: 2月 2016
うれしいひなまつり♪
今年は、3歳から7歳までの
生徒さんたちが対象。
3つのグループに分かれて、
各一時間半ずつ、一緒にひなまつりの
お祝いのひとときを過ごしました。
みんなで かわりばんこに演奏する
「うれしいひなまつり」を合唱。
紙芝居を見たあとは、ゲームの時間。
最初は、毎年大好評の
キャベツむきむきゲームです。
新聞紙で作ったキャベツの皮を順番に一枚ずつむいていき、
「芯」に入っているお宝をゲットできた人が、本日のラッキー・パーソン!というワケ。
「この前も当たったし、今日も当たった~!」と、喜ぶ子もいれば、
「ずっと当たるのが夢だったけど、今日ようやく夢がかなったよ~」という子もいて。
最後は、ひな人形のぬり絵。
みんな真剣そのもの。
どの色を使おうか一生懸命考えて
ていねいに塗っていきます。
去年までの塗り方と全然ちがうやん…
て思うほど、成長してた人もいましたよ。
ふだんは個人レッスンゆえに、
めったに顔を合わせないお友だちともひさしぶりに逢えて、
大いに盛り上がったひなまつり会でした。(^^♪
40番シンフォニー
大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、
このト短調シンフォニイの有名なテエマが
頭の中で鳴ったのである…
それは、自分で想像してみたとはどうしても思えなかった。
街の雑沓の中を歩く、静まり返った僕の頭の中で、
誰かがはっきりと演奏した様に鳴った。
僕は、脳味噌に手術を受けた様に驚き、感動で慄えた。
百貨店に駆け込み、レコオドを聞いたが、もはや感動は還って来なかった。
…ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った。
その悲しさは、透明な冷い水の様に、僕の乾いた喉をうるおし、
僕を鼓舞する、そんな事を思った。
この文章は、有名な小林秀雄の評論、「モオツァルト」の中の一節です。
これが書かれたのは、昭和21年の夏ごろのこと。
こんなことって、あるかな…
少なくとも、小林秀雄にはあったんやろう。
道頓堀近くの百貨店って、髙島屋やろか。
(いろんなことを考えてしまいます)
こんな経験をした、小林秀雄にちょっとばかり嫉妬したりして…
今日は、彼の頭の中で突然鳴ったという、40番シンフォニーの第四楽章!
39番シンフォニー
生きていることと、死んでいることは、
そんな大きな不思議なものをモーツァルトの
優しい音楽が表現しているような気がしましたの。
これは、宮本輝氏の「錦秋」という小説の中の
主人公のせりふです。
この小説の中には、<モーツァルト>という名前の喫茶店が出てきます。
店の主人は大のモーツァルトファンで、主人公の女性にいろいろと
モーツァルトについて語るのですが、39番シンフォニーのことを
「16分音符の奇跡」だと表現します。
この小説がきっかけで、39番をしっかり聴きなおしたいと思った私は、
文庫本を片手に、何度も何度もくりかえしCDを聴きました。
モーツァルトのシンフォニーといえば「40番」一辺倒だったのですが、
39には39の魅力、素敵さがいっぱいつまっていることをはじめて知ったのです。
特に好きなのは、第二楽章。
冒頭のせりふ、「生きていることと死んでいることは同じことかも知れへん」
そう主人公に言わせた作家の想いが伝わってくるような
静けさと哀感に満ちています。
交響曲 第39番 変ホ長調 第二楽章(アンダンテ コンモート)